IT(Information Technology)は、日本語で“情報技術”と翻訳される。しかし、これは厳密には正しくない。情報技術はITでなくても実現することは可能である。たとえば、製造現場の各班長に作業指示をする、装置の不具合の原因を調べる、生産計画にあわせて仕入先に内示を送る、などの行為は、すべて情報技術によるものなのである。

情報技術≠IT(情報技術)
図3 情報技術≠IT(情報技術)

つまり、ITは情報技術そのものを指すのではなく、あえて定義するならば“デジタル情報技術”なのである。これに対して、人が行っている情報技術はアナログである。要するに、規模の大小に関わらず、製造業にとって情報技術は必要不可欠であって、IT(デジタル情報技術)はその一部を構成するという関係にある。そして、“IT化”とは、これまでアナログ的に処理していた部分をデジタル化すること(省力化)、およびアナログ的なやり方ではできなかったことをデジタル情報技術で実現すること(差別化)、の2つに集約される。

ただし、実際に製造業の現場で行われる生産管理や在庫管理などの業務を、トータルな“ITシステム”として運用し保守していくことはむずかしい。あらかじめ想定できない状況が日々発生し、それらを現場の担当者が臨機応変にこなしていくことがひとつの強みである製造現場は、IT化することにより、かえってそうした強みを失うことになる危険性があるからだ。

一方、これに対して、“ITツール”をもちいて、ある範囲の中での現場の裁量を許し、担当者の判断で、その場その場の対応のなかで問題を解決するというアプローチがある。この種のアプローチは、比較的、日本の現場と相性がよく、設計や製造における設計支援のためのITツールをはじめ、バーコードやICタグなどの活用、QC7つ道具等によるムダの見える化など、さまざまな状況で活用されている。

ただし、これらのITツールによるアプローチの多くは、業務のレベル、あるいは担当者のレベルで閉じた範囲での情報処理であり、業務間での情報連携や、情報の共有といった機能については不十分な場合が多い。そうした機能は、“ITシステム”としてトップダウンで構築しなければならないと考えられてきたのもこうした理由による。しかし、個別の業務ではなく、業務間、あるいは担当者間を連携させるための“ITツール”も存在する。こうしたツールを用いれば、ボトムアップに部門間の情報連携をカイゼンしていくことが可能となるのである。

筆者らが企画し、設計および開発にも関与している情報連携のためのツール“コンテキサー”は、それぞれの業務、それぞれの担当者ごとに異なる状況(コンテキスト)を、担当者自身が定義しながら、情報の流れを再構成していくためのITツールである。一回限りの非定型業務、たまにではあるが繰り返し性がある半定型業務、そして、部門の統廃合や新規事業の立ち上げ時期など、あえてIT化する時間を工数が確保できない場合などに、こうしたツールが有効となる。

コンテキサー
図4 コンテキサー

コンテキサーの原理は、個別の業務や担当者に依存した情報を、コンテキストという情報の単位で表現し、それらを連携させる3つの基本動作によって構成される。連携に用いる情報は、CSV形式のファイルやRDBのテーブルなどから取り込むか、あるいは担当者自身が入力フォームから入力する。そして、業務フローにしたがって、それらの情報を処理していき、最終的にプログラミングを一切することなく、結果をExcelに送るかCSVやRDB形式で出力する。さらに、こうした業務手順は、そこで用いた画面のレイアウトや操作条件などとともに、必要に応じて業務プロファイルとして保存し、業務知識として組織的な再利用を可能にする。

コンテキサーの基本動作
図5 コンテキサーの基本動作

社内のいたるところに隠れている情報の流れのボトルネックを繰り返し解消していくこうした“ITカイゼン”の取り組みは、ボトムアップに業務改革を行う活動と位置付けることもできる。ITカイゼンは、業務を実際に行なっている担当者の目線から情報システムを見直していく取り組みであり、常に他の業務との連携を視野にいれているため、いわゆる部分最適に陥ることなく企業価値を向上することができるのである。

>> 6.「中小製造業の新しい展開」