現場改善は、日本の製造業にとって非常に得意とする能力です。海外の工場において、かんばん方式はある程度の訓練をすれば取り入れることができますが、改善の心は、なかなかまねできません。これは労働に対する基本的な価値観の違いからくるのかもしれませんね。さて、”ITカイゼン”という新しい用語は、いったい何を意味しているのでしょうか?IT業界でも改善をしなさい、という意味では<ありません>。これは、製造業をはじめ、通常の業務を行うなかで、情報の流れをよくする活動のことです。

これまで、モノのながれ、現場に存在するハードとしての製品や部品や仕掛品などが、いかに停滞なくラインを流れるかということに、とても多くの意識をつかってきました。在庫があるというのは、モノが停滞している目で見える証拠です。流れの平準化、整流化、といったキーワードは、おもに目に見えるモノについて議論されてきたようにおもいます。一方で、お客様からの納入リードタイムを遅らせている大きな原因、あるいはなんらかのトラブル、予想外の状況に対応して作業が大幅に遅れるといった原因の大半は、情報の流れに起因していることが多いのです。つまり、情報の流れをよくすることが、実は生産の流れ、業務の流れをよりよくし、ムリ、ムダ、ムラをなくすことに大きく貢献するのです。

ITカイゼンのこのような目的を達成するためには、従来のような帳票や伝票、あるいは物理的なかんばん(カード)などではもやは限界にあります。情報を人がつねに操作可能な形でデジタル化し、それを効果的にやりとりするためのしくみと道具が必要となります。ただし、あくまでも、ITカイゼンを行うのは、現場の担当者自身ですので、彼ら、彼女らの意識や、情報に対する正しい取り組みが欠かせません。それにより、これまでは、個人のツールでしかなかなか活用できなかった個別の情報が、作業者を超え、部門を超え、組織としてより付加価値の高い(人間中心の)情報技術が可能となります。

>> 2.「組織に潜む7つのムダ」

かつて製造業は、乾いた雑巾を絞ると言われるほど、徹底したカイゼン活動でムダをなくし続けた。カイゼン活動が徹底している会社にいくと、工場はとてもきれいである。しかし、その裏側で、情報に関するムダについては、目を覆いたくなる状況が散見している。ITカイゼンは、その考え方を知るだけでも、すぐにその効果が実感できる。業務における情報の流れに注目し、それを追いかけてみよう。担当者を超え、業務を超え、そして部門や企業の垣根を超えた流れが存在するはずである。そして、まず、情報の受け手であり使い手である直接の相手の業務を理解し、“つなぐ化”のための情報のあり方を議論するところから始めて欲しい。

 製造業は、ここ数年、ビジョンなき受け身の改革を迫られ、心身ともに疲弊しているようにも見える。とりまく環境は非常に厳しいことは言うまでもないが、数値目標のみが先行しても、よい成果が得られるはずもない。いまやるべきことは、真に付加価値を生み出している業務の流れを再発見し、それを強化するとともに、将来の付加価値の源泉となる情報を再利用可能な知識として蓄積していくことである。そして、製造業の輝かしい未来は、そうした情報技術を駆使し、業務システムを自らの手で作り上げ、企業を内部から変革していくことができる人材をいかにして育てていくかにかかっている。

 おしまい
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多くの中小製造業では、ITの専門部署は存在せず、IT専属のスタッフもいない場合が多い。単一業務内でITツールを導入する場合や、個々の業務担当者が個々にITツールを使いこなすということであれば、それほど大きな混乱はないだろう。しかし、異なる部署間や、全社的に情報を共有、連携させたいような場合には、どこかの部署が推進役となり、そこで何らかのとりまとめを行う必要がある。

ITカイゼンを実施し、業務の流れ、情報の流れを部門横断的にカイゼンしていくためには、こうした部門間の調整や連絡を担うタスクチームを作ることが望ましい。そして、個別のカイゼン事例を、当事者間だけのものとせず、その成果や手順をできるだけ多くの関係者に披露し、成果を共有し見える化することが有効となる。これは担当者のモチベーションにもつながり、また相互の刺激にもなって、ITカイゼンの思想が全社的に広がることにもなる。

ITカイゼンの取り組みは、つねに現場視点から、情報システムを自己増殖させていくような取り組みであり、大企業や中堅企業の場合は、情報システムの内部統制の面で課題も多い。したがって、現実的な取り組みとしては、企業の中長期的なグランドデザインの中で、トップダウン的な枠組みを作り、そこであるべき情報の品質や精度を保証したうえで、個別業務の自由度をあたえるといった方法が望ましい。また、ITカイゼンのプラットフォームをあらかじめ整備し、個別におこなったカイゼンの内容を、全体としてきちんと把握できるような体制をとっておく必要もある。

大企業や中堅企業の場合は、特に、ITカイゼンを進めていく上で、既存のITシステム、あるいは基幹システムとの連携をとっていく必要がある。このような場合には、ITの専門家を社内、社外から調達し、それらのITシステムとのインタフェースの設計やデータ形式などの調整を事前に行っておく。各業務担当者がITカイゼンを進める中で、混乱なく、重複することなく、業務情報の定義が行えるようにするためには、実は非常に高度な標準化技術、モデリング技術が必要とされる。こうした部分はぜひ、外部のITベンダーやコンサルタントに期待したい。

> 8.「これからの課題と展望」

中小製造業のIT化が遅れている。モノづくりの現場にはITはいらない言う意見も根強い。モノと情報の一致、目で見る管理など、これまでの現場改善の取り組みは、IT化ときわめて相性が悪く、中小製造業のつよみである、臨機応変な対応、意思決定の速さ、経営と現場の一体感などを考えると、IT化を進めるよりも、担当者のアナログ的な対応に磨きをかけるほうがよいという場合もある。

どの中小製造業にも、業務のマイスター的な担当者がいて、彼ら彼女らが、関連する状況をすべて一手に把握し、柔軟で臨機応変な対応を行っている。これまでは、ITにたよらなくても、担当者によるアナログ的、暗黙知的な対応で、十分に仕事をこなしていくことが可能であった。しかし、今後さらに製品やサービスの多様化、個別化が進み、変化のスピードと状況の複雑性が急激に増加していくことで、管理業務が爆発的に増え、近いうちに間違いなくその許容範囲を超えるであろう。

まずは、“ITツール”によって、マイスター的な担当者の業務負荷をできるだけ低減する必要がある。過去のさまざまな注文、さまざまな仕様、さまざまな不具合やクレーム、得意先や取引先情報、加工条件、加工方法、材料選定、品質検査結果など、必要なときに必要な形でとりだせるようにし、そのための業務手順を明らかにした上で、状況に応じて誰でも分担できるようにし、そして他の業務との連携をより効果的に作り変えていく。

さらに中小製造業は、こうした“ITツール”によって、企業の組織的な意思決定をより高度化し、情報連携をネットワーク化することで、企業の壁をこえた取引を拡大していくべきなのである。幸いなことに、インターネットという極めて強力で安価なネットワークがある。SNSなどのインフラを利用することで、地域や業種や時間を超えた中小企業間の取引を、これまでにないスピードで簡単に立ち上げることが可能となっている。

  • その1:不要な情報を生成するムダ
  • その2:必要な情報の到着を待つムダ
  • その3:そもそも情報を伝達するムダ
  • その4:不正確な情報を修正するムダ
  • その5:そもそも情報を蓄積するムダ
  • その6:必要な情報を探すムダ
  • その7:情報の意味や精度を確認するムダ

図5 7つのムダ

 このために必要なのは、ほんの少しの知識と、新しいものに挑戦する勇気と、ITカイゼンによる“つなぐ化”というコンセプトへの理解だけである。つなぐ化では、図5にあげたような情報に関する7つのムダを徹底的になくし、情報を受け取る側、利用する側が望む形式で、情報を加工し、蓄積し、提供する。情報の世界でも”後工程はお客様”という考え方が必要なのであり、最低限、連携相手の業務を知らなければ情報は作れない。生きた情報のネットワークは、相互の業務をお互いに理解することから始まるのだ。

>> 7.「成長可能なITシステムのために」

IT(Information Technology)は、日本語で“情報技術”と翻訳される。しかし、これは厳密には正しくない。情報技術はITでなくても実現することは可能である。たとえば、製造現場の各班長に作業指示をする、装置の不具合の原因を調べる、生産計画にあわせて仕入先に内示を送る、などの行為は、すべて情報技術によるものなのである。

情報技術≠IT(情報技術)
図3 情報技術≠IT(情報技術)

つまり、ITは情報技術そのものを指すのではなく、あえて定義するならば“デジタル情報技術”なのである。これに対して、人が行っている情報技術はアナログである。要するに、規模の大小に関わらず、製造業にとって情報技術は必要不可欠であって、IT(デジタル情報技術)はその一部を構成するという関係にある。そして、“IT化”とは、これまでアナログ的に処理していた部分をデジタル化すること(省力化)、およびアナログ的なやり方ではできなかったことをデジタル情報技術で実現すること(差別化)、の2つに集約される。

ただし、実際に製造業の現場で行われる生産管理や在庫管理などの業務を、トータルな“ITシステム”として運用し保守していくことはむずかしい。あらかじめ想定できない状況が日々発生し、それらを現場の担当者が臨機応変にこなしていくことがひとつの強みである製造現場は、IT化することにより、かえってそうした強みを失うことになる危険性があるからだ。

一方、これに対して、“ITツール”をもちいて、ある範囲の中での現場の裁量を許し、担当者の判断で、その場その場の対応のなかで問題を解決するというアプローチがある。この種のアプローチは、比較的、日本の現場と相性がよく、設計や製造における設計支援のためのITツールをはじめ、バーコードやICタグなどの活用、QC7つ道具等によるムダの見える化など、さまざまな状況で活用されている。

ただし、これらのITツールによるアプローチの多くは、業務のレベル、あるいは担当者のレベルで閉じた範囲での情報処理であり、業務間での情報連携や、情報の共有といった機能については不十分な場合が多い。そうした機能は、“ITシステム”としてトップダウンで構築しなければならないと考えられてきたのもこうした理由による。しかし、個別の業務ではなく、業務間、あるいは担当者間を連携させるための“ITツール”も存在する。こうしたツールを用いれば、ボトムアップに部門間の情報連携をカイゼンしていくことが可能となるのである。

筆者らが企画し、設計および開発にも関与している情報連携のためのツール“コンテキサー”は、それぞれの業務、それぞれの担当者ごとに異なる状況(コンテキスト)を、担当者自身が定義しながら、情報の流れを再構成していくためのITツールである。一回限りの非定型業務、たまにではあるが繰り返し性がある半定型業務、そして、部門の統廃合や新規事業の立ち上げ時期など、あえてIT化する時間を工数が確保できない場合などに、こうしたツールが有効となる。

コンテキサー
図4 コンテキサー

コンテキサーの原理は、個別の業務や担当者に依存した情報を、コンテキストという情報の単位で表現し、それらを連携させる3つの基本動作によって構成される。連携に用いる情報は、CSV形式のファイルやRDBのテーブルなどから取り込むか、あるいは担当者自身が入力フォームから入力する。そして、業務フローにしたがって、それらの情報を処理していき、最終的にプログラミングを一切することなく、結果をExcelに送るかCSVやRDB形式で出力する。さらに、こうした業務手順は、そこで用いた画面のレイアウトや操作条件などとともに、必要に応じて業務プロファイルとして保存し、業務知識として組織的な再利用を可能にする。

コンテキサーの基本動作
図5 コンテキサーの基本動作

社内のいたるところに隠れている情報の流れのボトルネックを繰り返し解消していくこうした“ITカイゼン”の取り組みは、ボトムアップに業務改革を行う活動と位置付けることもできる。ITカイゼンは、業務を実際に行なっている担当者の目線から情報システムを見直していく取り組みであり、常に他の業務との連携を視野にいれているため、いわゆる部分最適に陥ることなく企業価値を向上することができるのである。

>> 6.「中小製造業の新しい展開」

一般に、日々繰り返し行われる業務は、その業務手順をあらかじめ定義することで自動化、高速化、効率化される。では、想定外の事象、例外的な処理、あるいは半定型的な業務プロセスの場合はどうなるのか。多くの場合、例外的な処理は、他の例外処理を誘発し、こうした業務間、担当者間の連携の悪さが、組織や企業全体のパフォーマンスを大幅に低下させることになる。

さまざまな情報が錯そうする製造現場の場合を考えてみよう。製造現場では、こうした例外的な事象に常に備える必要があり、情報の連携がスムーズであり、必要な情報をタイムリーに相手に伝えることができれば、比較的短時間に解決するはずである。しかし、実際には、必要な情報が必要なときに必要な場所になく、混乱が日常化している現場を多く見かける。これは、情報を作る側と情報を利用する側とが“つながっていない”ことにそもそもの原因がある。

“ITカイゼン”とは、こうした組織がかかえる根本的な問題を解決するためのアプローチであり、ボトムアップなやり方で情報の流れをカイゼンし、結果として組織の競争力を高める取り組みである。キーワードにITが含まれるため誤解されやすいのだが、これは、ITをカイゼンすることを意味しているのではなく、また、必ずしもITでカイゼンする必要もない。

ここで、ボトムアップであるということは、業務に精通した担当者の目線で、業務の連携、情報の連携の仕方を徹底的に見直しカイゼンすることを意味する。これは、広い意味での情報システムを、担当者全員で作り上げる取り組みと言ってもよい。以下の図のように、筆者らは、ITカイゼンの取り組みを、大きく3つのステップで定義している。

ITカイゼンの進め方
図2 ITカイゼンの進め方

まず、ステップ1は、情報構造の見える化である。ここで、情報の見える化と“情報構造”の見える化は、大きく意味が違う。情報には、情報の構造、つまりある種の型あり、その型を意識する必要がある。たとえば、受注伝票という情報は、得意先名や注文日時のほかに、受注伝票を特定する注文番号という識別名がある。そして、この注文番号には、自社で発番したものの他に、得意先が発番したものもある。それらの番号をキーとして、受注伝票と注文書とが1対1で対応づけられる。

情報構造とは、こうした情報がもつ項目や識別名、そして他の情報との対応関係などで構成されるさまざまなパターンのことである。この構造を明らかにすることで、情報を効率的に整理・整頓するための引き出しを準備することができるようになる。

続くステップ2では、情報を構成する各データが、それぞれどこの誰によって作られ、最終的にどこで保管され、誰がその内容を管理しているのか、といったことを明らかにする。そして、部署や担当者の間を情報が流れていく様子を、少しだけ距離をおいた位置から確認する。特に、すでにIT化され、コンピュータ内のファイルやデータベースに蓄積されたデータを利用する場合は、その情報が誰によって作られ、誰がその内容を保証しているのか、ということが見えなくなっている場合が多い。

ITシステムが業務の中で普及していき、情報処理が効率化、高速化するにつれて、相手の顔の見えない情報のやりとりが増えている。これには、メリットとデメリットがある。相手の顔の見えない情報は、ひとたび何か例外的な状況は発生したときに、部分的な修正や内容の詳細な確認に手間取り、混乱の収拾に時間がかかる要因となる。

情報の作り手と使い手が明らかになり、情報の流れの見える化が終わったら、最後のステップとして業務間、部門間の情報連携に問題がないかを再点検する。業務そのものではなく、業務間の連携の悪さで十分なパフォーマンスが得られていない場合、どの業務で、どのような情報を、いつ誰が、どうやって準備しなければならないのか、といった問題解決の糸口をつかむ。ここで、必要に応じてITを活用する。あるいは、あえて人間系でアナログ的に対応することで問題を解決してもよい。

>> 5.「業務連携のためのITツール」

製造業にとって競争力の源泉はどこにあるか。マイケル・ポーターは、価値連鎖として、購買物流、製造、出荷物流、マーケティングと販売、そしてサービスという5つの主活動と4つの支援活動により、価値を生み出していくモデルを示している。本稿では、さらにこれを簡略化し、営業、設計、そして製造という3つの基本機能を取り上げ、そこで行われている業務について考えたい。

非常に乱暴に言うと、“製造”は、図面や手順書などの再利用可能な知識を、個々の製品というモノに変換する作業であり、そのための情報技術が必要とされる。これに対して、“設計”では、得意先のさまざまなニーズや要求を、製品がもつ機能に置き換え、設計図やCADデータ、そして手順書や工程表に対応づける作業といえる。つまり、要求を知識に変換する作業であり、そのための情報技術が必要とされる。

同様にして考えると、“営業”では、提供可能な製品やサービスと、得意先の要求とをつなぐための活動といえ、モノを要求に変換する作業となる。つまり、営業、設計、そして製造は、以下の図にあるとおり、それぞれ何かを何かに変換する業務であり、そのためには情報と情報をつなぐ作業、つまり“つなぐ化”が極めて重要となってくる。

付加価値を生み出す業務構造
図1 付加価値を生み出す業務構造

変化の激しい時代では、設計、製造、そして営業が一体となった管理技術の重要性が高まる一方で、このための情報処理の複雑さは、すでに人が管理できるレベルをはるかに超えている。しかし、だからこそ、この部分の出来、不出来が、企業全体のパフォーマンスを大きく左右するようになっていのである。つまり、ここが差別化のポイントとなり、競争力の源泉となり得るのだ。

もし、依頼した特注品の納期回答が数時間以内に届き、かつその期日が確実であったとしたら、また、発注後も仕様変更が可能で、それに対応した追加費用や納入日の変更を事前に相談できたら、そして、過去に注文した製品情報や製造履歴を取引先の方で保管しており、個別の履歴情報の照会や、再注文時の対応が、そうした情報にもとづいて的確に行われていたら、価格が多少高くても、多くの企業がその取引先を選ぶであろう。

その企業は、おそらく、新規の得意先の開拓や新技術への対応スピードが速く、対象業種ごと、あるいは個別得意先ごとに異なる事情にも、事務工数を増やすことなく対応できるだろう。そして、複数拠点やグローバル化への対応もすばやく、そして、社内の技術者や管理者の育成、技能伝承、フレキシブルな人事・評価制度、余裕があるがムダのない業務オペレーションなど、企業内についてもさまざまな魅力的な差別化を実施しているに違いない。

どうすれば、こうした企業になれるのか。ボトムアップに問題を発見し、その都度解決策を実施していくカイゼン活動は、日本の製造業の得意分野である。これを情報技術の世界に広げることで、非常に大きな成果が期待できるのだ。ここでのカイゼンの対象は、担当者と担当者、業務と業務の間をいかにしてつなぐかという“つなぐ化”にある。こうした活動を“ITカイゼン”と呼ぶことにする。

>> 4.「ITカイゼンによるボトムアップ改革」

製造業のカイゼン活動は、ムダの徹底的な排除による原価低減と、品質向上による製品価値向上のための活動である。どちらかというと、デフレの時代、売り上げが伸びない状況では、前者のムダの排除を徹底し、コストを極限まで減らすことが最大の目標となるのは当然の流れである。これまで、省力化、省人化という視点から、人件費削減による原価低減に貢献してきたITさえも、コスト要因として切り詰められている。

コストではなく、企業の競争力を高めるための“戦略的ITの利活用”が効果を上げる場合もある。大企業では、全社的な業務改革の旗印のもと、事業構造をトップダウンで見直し、あるべき姿と現状についてフィット&ギャップ方式で解析し、そして設定した目標に向けた大規模なプロジェクトで一気呵成に業務システムを入れ替える、といった取り組みも行われている。

こうした取り組みによってできあがる新しいしくみが、対外的な競争戦略のなかで位置づけられ、企業価値向上に貢献している一方で、それらの事業構造を支えている個々の業務プロセス、情報の共有と連携、意思決定と評価のしくみなどが、企業の内部にきちんと組み込まれているかどうかには疑問が残る。いわゆる現場力が落ちているのである。

多くの日本人は前例を尊び急激な変化を嫌う。長く根付いた慣習はなかなか変えられない。日本の製造業は、カイゼンは得意であるが、現状の否定あるいは創造的破壊をともなうイノベーションは苦手なのである。したがって、戦略的な構造転換は、なかなか成果が上がらず、斬新な製品やサービスはそう簡単には生まれない。であるならば、日本企業が得意とするカイゼンによる劇的な差別化によって、企業価値の向上を行うという戦略に徹してみてはどうだろうか。

>> 3.「情報技術は“つなぐ化”技術」

この記事は、工場管理の2012年7月号(Vol.58, No.8 pp.12-18)に掲載された記事の原稿です。

1. 製造業の情報システムの現状

中小製造業において、ITは企業の成長にどれだけ貢献しているのだろうか? 以前に導入したオフコンのサポート打切りにともない、システムを入れ替えたいが、当時の担当者が転職して誰もわからない。いまさら投資はできないので、無理して使って返って手間暇がかかっている。購入した個別の業務システムも、コンピュータのOS等のバージョンアップに対応できず、10年以上前のパソコンが動いていたりする。

個々のパッケージソフトと他の業務ソフト間は、データとしてつながっていないため、それぞれに日々の業務データを二重入力する。システムを動かすための形式的な入力、非効率な転記作業、膨大な出力帳票、結局再利用されない紙伝票、増え続けるExcelファイル・・・。

変化の時代、スピードの時代なのに、得意先の業種や業態の転換に情報システムが対応できていない。競争力の源泉となるはずの情報技術がかえって企業の足をひっぱっている。

大企業や中堅製造業でも、状況は似たようなものである。鳴物入りで導入してみたはいいものの、いろいろな部分で業務の実情に合っていない評判の悪い基幹系ERP、そしてそれを補完するため、急きょ作られたExcel&VBAの周辺システムが氾濫する。一方で、個別の業務システムは健在であるが、基幹システムとの間は、場当たり的なインタフェースしかなく、例外的な状況にはすべて人手で対応している。また、それぞれのマスター情報を、それぞれを独自にメンテナンスしているため、データの整合性がとれず、トラブルを誘発する。

固定費縮小、経費削減、新規投資案件の絞り込みなどの流れから、部門個別の業務のIT化には予算がつかず、独自のしくみを構築することもままならない。結局、担当者個人が、その責任の範囲内でExcelなどの個人ツールによって自己防衛するしかなく、それがさらに全体を見えなくするという負のスパイラル状態に陥っている。

グローバル化が過激なピッチで進み、国内の産業構造も大幅に転換しつつあるこの時期、日本の製造業は、情報技術に関して、向かうべき方向を見失っているのではないか。すくなくとも、ITというキーワードを通して、製造業が明るい未来をイメージした時代は過ぎ去った。何が問題なのか、製造業は何をしなければならないのか、どこに向かうべきなのか、ひとつの答えを示したい。

>> 2.「競争力はどうすれば向上するのか」